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ほんごーさんに対する傾向と対策update 2003.2.6

様々なモノに対する探求者。視界は広いが視野は狭いサーチライト的思考回路の持ち主と推察される。特定の目標・標的を設定している場合、それに対する一点集中を得意とする。それにも関わらず、全般的に物事に対する執着が少ない。「スポーツ万能、頭脳明晰」という設定から、執着する必要性そのものが乏しいのではないかと推測できる。

上記理由のためか、「他者の視線」に対しての反応が鈍い。対人関係においても、通常なら対応する都度々々で行われている、自らの動きに応じた相手の心理を洞察するというような作業をほとんど行っていないように見受けられる。他者から自己を拒絶されることに対しての恐怖感が薄いと思われ、従って精神的に極めて「幸福な」年少期を経ていることが想像される。

「他者」と「自己」の区別が明確である。自己に対する評価は自ら設定した基準と比して厳密に行うが、他者に対しては評価そのものを行わない。他者への積極的な働きかけは、自らの責任の範疇内においてのみ行う。逆を言えば、責を負うほどの重大性を感じない場合には他者への働きかけそのものを行わない。自らに課した責任に対しては極めて忠実であり、従って意図的な意味合いを持つ行動には慎重である。

この切り分けが明確であるがゆえに、自己への害意を有すると判断した者に対しては、一切の斟酌を加えない傾向がある。直接的な意味での生命的保身というよりは、広い意味での「自己」の範疇にも入らない「異物の攻撃」に対して、「自己」の保身を図っているのではないかと思われる。相手が害意を持たない、あるいは友好の必要性があると判断した場合、基本的に相手を自らの庇護下に置こうとする。庇護の程度には相手によってかなりの開きがあるが、他者に関連する事柄において、何らかの責任を負う心積もりを有しているという点では共通しているように思われる。

行動面、および設定などから、以前の段階から既に通常の社会的コミュニティ内部において異質の存在であったのではないかと推測できる。おおよそコミュニティの上位として位置付けられ、古い信仰的意味合いでいうところの神や鬼に対する扱いに近いものをうけてきているように見受けられる。神や鬼はコミュニティに対する「客分」であり、もてなされるが内部に同化することはなく、また定住もあまり望まれない。この立ち位置は年少期からのものであると思われるので、「異形であること」に対する特別な感情は、実はあまりないのではないか。それよりはむしろ、現在の「現実」の進行形として継続するはずであったものを、第三者の介入によって喪失せざるを得なくなったという点のほうに思い入れがあるように思われる。

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